1976.8.23東京新聞掲載　　　　　　　なかま 熊惑クラブ ラグビーで“活”　平均４４歳中年太りなんのその 　毎週日曜日の午前９時、見た目にも派手な赤と白のジャージを着たラガーが熊谷市・荒川の河川敷におるグランドに勢ぞろい。そしてからだをぶっつけ合ってのスクラム、あるいはパスワークとたっぷり三時間ほど汗を流している。四十歳以上の好き者同士が集まって結成したラグビーチームの面々だ。その名も熊谷の「熊」と「四十にして惑わず」の惑をとってつけたのが熊惑(ゆうわく)クラブ。誕生したのはコイの滝のぼりの季節は五月というからつい最近のこと。「中年太りヒイヒイ言っているばかりが能ではない」とかつて熊谷商時代に鳴らした同市本石二ノ三六、食肉商秋元永三さん(四○)がチーム結成を呼びかけたところ、「私もぜひ加入させて」とみるみるメンバーが増えて三十余人。まだホヤホヤのチームとあって会則もなく、決まっているのは月千円の会費だけ。最高年齢は六十三歳の鎌田大朔さんを頂点に平均年齢は四十四歳。きびきびしたプレーはとても壮年チームとは思えない張り切りようだ。 　熊谷商のＯＢが大半を占めるが、市内在住者に限らず遠く川口、大宮市から参加申し込みが殺到して、練習も和気あいあい。洋服店のご主人がいるかと思えば食堂経営、建設業にサラリーマンはいうに及ばず、中には外科病院長の山本幹一さん(６３)と、社会における職業は違っていても、ひとたびジャージを着ればラグビー一筋。そこには地位も名誉もかなぐり捨てたチームプレーがあるだけ。がっちりスクラムを組んでの激しいトレーニングでラグビー精神を盛り上げている。 　市内である設備関係の会社を営む並木正一さん(４１)は、仕事中にけがをしたのが原因で右足を大手術。それも練習をしていて骨の具合が悪いのを初めて知ったというほどのラグビー狂で、目下のところ回復を待つ身だが、いつも練習に出たくて病院のドクターに「早く出せ」。ほかもみんな似たりよったりのスポーツマンばかりで「いつも朝起きられないで困るのに、日曜日だけは午前五時起床」と笑うメンバーたち。 　俊足が売りものの洋服店店主天沼昭二さん(４２)は「ただ駆け足をしろといってもできないが、ボールを追っているといくらでも走れるから不思議。毎日でも練習がしたい」と仕事の合間にムズムズ。熊谷工の一年生チームを相手にした雨中の熱戦で、初のトライをしているだけに日曜日が待ち遠しいという。 　最高齢の一人、山本ドクターは東大の現役時代はキャプテンで名ハーフ。老いたりとはいえバスワークもピタッと決まっているのはさすが。年に不足はない鎌田大朔さんも、入会以来一日として練習を休んだことのない模範クラブ員で、昭和一ケタ時代に満鉄クラブに所属していたことのある名プレーヤーだ。自己紹介で、山本ドクターが現役時代に一度ゲームで顔を合わせたことがあり、お互いに「あ、あのときの・・・」と、四十年ぶりの再会とあって、年を忘れてのラグビー談議。 　プレーイング・マネジャー役の石原さんは、毎週の練習ゲームを克明に日記につけて反省を忘れない。「みっちり汗を流したあとの満足感はなににもまさる。その魅力はやったものにしかわかんねえだろうなあ」とニヤリ。ラグビー特有のかすり傷に顔は日焼けして真っ黒。肩が痛いだの血圧を心配している人など一人もいないはつらつさで実力のほども上昇の一途。練習日には荒川の土手に奥さん運もちらほら見に来る昨今、力の入れようもまたひとしおとか。１０月には初の県外チーム、群馬不惑クラブとの対戦が待ち構えている。 　年を感じさせない熊惑クラブの評判はこのところ高まるばかりで「若いころバレーの経験があるから」となんの抵抗も感じないでチームに溶け込む人がいると思えば、学生時代にアメリカンフットボールをやっていたという辻田和郎さん(３８)は「四十になるまでとても待っていられない」と、強引にチームに加えてもらった。 　監督は県下の名門、熊谷工を育てた森喜雄教諭(５０)。練習試合ではまだ白星を記録していないだけ熱っぽいコーチぶり。ラグビー協会にもちゃんと登録して公式試合にも出られるが、当面の目標は全国に十ほどある「惑」チームの中でも強豪の名をほしいままにしている東京不惑クラブへの挑戦だ。川口市からチームにはせ参じた秋田工出身の伊藤隆二さん(４４)など、そうそうたるメンバーが胸につけたマークはクマの似顔絵。このクマのマークが他チームから恐れられる日も、そう遠いことではなさそうだ。
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