エルシードの歌

エルシードの歌　　 Poema del Cid (Cantar de Mio Cid)
この項目を語源辞典に入れるべきかどぅか考えたが、印欧語の叙事詩は、原語に接していなくても紹介することにした。古い叙事詩や宗教の聖典は語源の調査に役立つとのことであるが、かなり専呵の印欧語古代文法や辞典類、それに比較言語学の知識が必要と思われる。　しかし、新しい時代の作品であっても、しかも日本語訳でも、それぞれの国で誰でも知っているよぅな叙事詩を知っておくことは無意味ではあるまい。　「エルシードの歌」とは、スペイン国土回復運動 (レコンキスタ)時代実在の英雄ロドリーゴ・ディーアス・デ・ビバール(1043?-1099)の事績を題材にした叙事詩である。1 2世紀終わりころの作と推定されている。エルシードのエル[el]は定冠詞で、シード(Cid)はアラビア語の"「主人、主君、頭領」などを意味する [sayyd]が変化して、スペイン語化したものといわれている。もともとイズラム教徒のモ一口人がロドリーゴ・ディーアスを畏怖して呼んだのが、キリスト教徒の間でも広まったとされる。歌の中ではエルシード、またはミオシード[MioCid (私のシード)]の形で使われる。　エルシードは、もと力スティーリャ・レオーン国王フェルナンドー世の臣下であった。王は自分の三人の王子に国を三分割して与えた。力スティーリャ壬サンチョ二世は、レオーン王アルフォンソ六世を放逐して国を併合しようとした。しかしサンチョ王が謀殺されたため、家臣で相談した結果、敵対していた弟のアルフォンソを王として迎えることになった。このとき、エルシードが新王に兄の死について潔白であることを、貴族団の前で誓わせたため、王は恨みを抱いていたとされる。王は末弟のガルーシア伯領をも奪ってもとの大国に戻し、レコンキスタを強力に進めた。　このころのイベリア半島は、キリスト教国とイスラム教国が複雑に入り組んで勢力争いをしていた。国王はエルシードに命じてセビーリャ・モ一ロ王国へ貢納を取り立てに派遣した。このとき玉の側近であったガルーシア伯がグラナーダ・モ一口王国側について、セビーリャに攻めてきたので交戦し、伯らを捕虜として捕らえ、のち釈放した。これによってガルーシア伯は叙事詩で格好の題材であるエルシードの仇敵となった。　エルシードは王が遠征のとき国を守っていたが、別の敵が現れたので軍事行動を起こし、そのことが王に忠誠心の疑いを持たれた。またガルーシア伯などがセビーリャからの貢ぎ物をエルシードが着服したと譲言した。このため、激怒したアルフォンソ王はエルシードを力スティーリャから追放した。財産などを差し押さえられたエルシード一行は、自分たちの衣食住をまかなうため、回教徒の都市や小国を攻略して多くの戦利品を得た。戦利品の一部はアルフォンソ王に忠誠心の証として送り届け、次第に王の心もなごんでいく。最終的にエルシード牡、戦略的に価値の高いバレンシア・モ一口王国を攻め落とし一国の領主となり、奪回のため海を渡ってきたイスラムの大軍を撃退し、莫大な戦利品を得て王に贈り物をし、追放を解除される。　追放の際の自分の妻ドニャ・ヒメ一ナと二人の息女との別れなど、物語にはそれなりの見せ場も多い。また、当面の資金としてユダヤ人の高利貸しをだまして大金をせしめるなど、読者へのサービス精神もある。　娘二人は、史実とは異なるが力スティーリャの大貴族の一門、ヵリオーンの公子二人の求婚を受け、国王の仲介で結婚させる。彼らはバルセロナに滞在し、エルシードは莫大な財産を与え大事にしてやった。回教徒が上陸し戦いが避けられなくなると、娘婿の立場上一人が戦に出るが恐ろしくなり、敵将を目の前にすると交戦前に逃げだしてしまう。エルシードの側近が相手を倒し、公子の手柄にしてやり黙っていたが、エルシードによくやったと言われ、公子はこれを皮肉と受け取ってしまう。また広間でエルシードが昼寝中に、濫のライオンが外に出てしまったとき、真っ先に剣を持って義父を助けるべきものを、この二人はエルシードの椅子の下や葡萄絞り機の部屋に隠れて大恥をさらしてしまう。ライオンはエルシードが起きて睨むとおとなしくなり、首をつかまれて濫にもどった。エルシードの部下たちは公子たちの名誉のため何も言わなかったが、彼らはエルシードを逆恨みし、含廿ところあっぞ、妻へ贈与する土地を見せるためと言って彼女たちを連れて自分たちの領国に向かった。その途中、コルペスの森の中で、彼女らを身分が違いすぎるなどと言って侮辱し、馬の腹帯で叩き、拍車で蹴るなど大けがを負わせ、上着をはぎ取って置き去りにしてしまぅ。彼女らは様子を見にあとをついてきた、いとこのフェレス・ムニョースに助け出され何とかバルセロナに帰り着く。　公子たちの娘への仕打ちに立腹したエルシードは、早速彼らを国王に告訴し、この時代の判定法、決闘で決着をつけることになる。エルシードは直接闘わなかったが部下たちが相手をさんざんに叩きのめし、瀕死の重傷を負わせ、敗北を認めさせ勝利を得る。息女二人は新たにナバーう国とアラゴ一ン国の王子たちとの結婚話しが持ち上がり、彼女たちは一国を領する者たちの妃となった。 [2011.5.6]
前へ	次へ